せなければならない。……あ、いけない、追いせまって来た」
「え、本当で、そいつア偉い、へえ、あいつをはたいたんで、偉いなあ、大できだ! たまるかたまるか取り返されてたまるか! ナーニ大丈夫だ、逃げおわせますとも」それから人波を掻きわけたが、「ご免ください、ご免ください、忘れ物をしたのでございますよ。急いで取りに行きますので」それから背後を振り返ったが、「あ、いけない、とっ捕まりそうだ」
二人は懸命にひた走る。女掏摸の髪の簪かんざしが夕陽をはねてピラピラとひらめき、眼のふちのあたりが充血をして、美しさと凄さとを見せている英会話 恋愛
。前こごみにのばした上半身の、胸が劇はげしく揺れているのは、乳房が踊っているからであろう。引き添って走っている男掏摸の、醜い顔には殺気がある。唇を漏れてはみ出している、反歯そっぱが犬の歯を想わせる。陽がたまって光っているからである。
で、二人は素早く走る。
二人の逃げ方は素早かったが、代官松の追い方は、さらにいっそう素早かった。これは当然というべきであろう。稼業が目明しというのであるから。追うのには慣れているはずである。
「『本郷の殿様』と承知の上で、懐中物をすったのであろうか? それとも知らずにすったのであろうか? きゃつらがきゃつらの残党なら承知ですったと見なさなければならない。何をいったいすったのだろう? 大事な物をすったかもしれない。とっ捕まえて絞り上げて、取った物をこっちへ取り返さなければならない」
左手で衣裳の裾をたぐり、右手で人波を左右へ分け、「どけ! 寄るな! 御用の者だ!」で、ヒタヒタと追っかけた。
こうして十間とは走らなかったであろう、二人の掏摸へ追いついた。